2016年5月 キャンプで鳥取温泉巡り
いったいどこにあるねん？地図によると、駅のほんのすぐ近くにあるはずなのだ。気をつけながら狭い道を車で何度か回ってみても見つからない。仕方がない。遠くに車をとめて歩いてくると・・・ほおら、これは見つかりにくいわけだ。入口は人が斜めになってやっと進めるだけの幅しかない通路。しかも、自宅の端っこをその通路に分けているのだ。実は、この温泉にずっと入りたくてうずうずしていた。
これは見つからないわ。
ここは鳥取県湯梨浜町。池と呼ぶには大きすぎる東郷池を挟んで、北側に有名なハワイ温泉、南側に東郷温泉がある。その東郷温泉にある共同湯「寿湯」。ここが入りたかったところなのだ。
東郷池
僕は、共同湯にひかれる。というのも、地元の人に愛され、地元の人が協力して守ってきたところが多いので、飾らない雰囲気があるし、湯はもとより、土地の雰囲気も一緒に感じることができるからだ。
この「寿湯」は、理髪店の端っこに通路があって、その狭い通路をたどって裏に回ると、ひなびた感じの扉が二つ並んでいる。「男」の表示がある扉をがらがらと開けると、連絡用のブザーがあって、これを押して、店の人を呼ぶようになっている。200円也。
湯船は昔ながらのタイル張り。三人も入ればいっぱいになるくらいの大きさ。ところどころ修理して新しくなったり、古いタイルが残っていたり、まだらになっているのもまたいい雰囲気を醸し出している。脱衣所の棚には、古めかしい紙が貼ってあって、それはなんと昭和３年の温泉使用許可書なのだ。昔から愛されているのだろう。
温泉の成分ががりがりと析出したカランからは透明な湯がじゃんじゃん流れ放題。熱い！片足を少し入れただけでじんじんしてくるほど熱い。源泉の温度は70度を超えるらしいが、ここでもまだかなりの高温を保っている。我慢してじわりじわりと入ってみるが、一分と持たない。もう一つのカランからの水で埋めて埋めてやっと入れる。かすかな塩味のする弱放射能泉。それでも、ゆっくり味わうという温度ではないので早々に上がって体を冷やす。体を拭くと、さらさらでとても気持ちがい。地元のお兄さんが洗面器ひとつ抱えてやってきた。さっと来て、さっと洗いさっと出ていく。こういう入り方がここの作法なのかもしれない。
早朝6時には京都を出発し、高速をひた走ってやってきた鳥取。今日は温泉をはしごしてキャンプする予定だ。この辺にはこじんまりした湯がいくつかあって、今日はもう一つ。ここから30分ばかり走ったところにある関金温泉へ入りたい。
倉吉の少しにぎやかな中心部を抜けるとのどかな田舎道になる。15分ほど走ると関金。狭い道を入り、両側に古めかしい温泉宿をいくつか通り越して、どん詰まりが関金温泉「関の湯」。やっぱり小さな共同湯だった。わくわくする。
がらりと扉を開けると、にこにこと感じのいいおばさんがでてくる。
「石鹸やシャンプーはないけどいいですか？」
「はいはい。大丈夫です。」
「二百円です。ごゆっくり。」
これまた狭い木の浴槽には、とゆからざあざあ湯が流れ落ちてくる。ここもかけ流し。適温。放射能泉。無色透明で、飲泉可。味はなく、ミネラルウォーターのように丸みのある温泉だ。シャワーはおろかカランもなく、湯船から湯を汲んで体を洗う昔ながらのスタイル。体はさっき洗ってあるので、出たり入ったり飲んだり。一人でこの素晴らしい湯を味わう。じっと湯に体をあずけていると、ざぶざぶ湯の音が高い天井にこだまして、気持ちがすうっとおだやかになってくるのがわかる。やっぱりいいなあ。共同湯。
入れ違いに地元のおじいさんが入ってきて、湯船の横に座って体を洗い始める。
ここは、千年以上の歴史を持つ温泉地だと、由緒書きにあった。でも、歓楽街があるわけでもなく旅館の数も少なく、近所の三朝に比べると知名度も今一つ。そのかわり、小さいけれどまだゆったりした時間の流れが感じられる街並み、そして共同湯を持つすばらしい温泉地だった。
湯守りのおばさんに食事ができるところを教えてもらい、腹ごしらえ。そして、倉吉のスーパーマーケットで夕食を調達して、キャンプ場に向かう。
一応予約の電話を掛けたのだけれど、到着時間だけ聞かれて、こちらの名前も聞かれず拍子抜け。大山をまわる環状になった県道から分かれて、人の気配の感じられない細い道を数キロ登ったほぼどん詰まりが「一向平（いっこうがなる）」キャンプ場。広大な敷地に余裕たっぷりの広いサイトが雛壇のように並ぶ。受け付けをすると、
「どこでも好きなところを使ってくれたらいいですよ。今日はキャンプおたくだけだから。」
なんだそうだ。
トイレにほど近いところに設営を済ませる。テントに入ってごろりと横になり、ちびちび酒を飲む。こんなにいろんな種類の鳥がいるのかというほどバラエティに富んだ鳴き声が、間近に聞こえる。コップについだ酒を、少しずつ口に含んで味わう。静かに酔いが回ってくるのと、テントの入口から、木々の葉を通して見える空の色がだんだん濃くなってくるのがシンクロしている。鳥たちは相変わらず鳴き交わし続けている。登山道を下りてくるクマよけの鈴がだんだん大きくなり、ふもとの方へ遠ざかっていく。なにもしなくていい。ただこの時間に体を預けていればいい。どうやら管理人さんも帰ってしまったらしい。数キロ四方に人間はいないんだろう。薄いテントの布地を通して濃密な夜が忍び込んでくる。それは、大好きなバルトークの「夜の音楽」そのものだ。人間の目には見えない、何かがいる。そう、「何か」なのだ。いるのに見えない。何なのか分からない。今まで感じたことのないような「気」があたりに満ち満ちる。昔の人は、これが当たり前だったのだな。ランタンの灯を消すと、その瞬間に視覚が失われる。昼とは全く異質の世界。夜の世界。24時間明かりが絶えることなく、煌々と照らされた電球の下で過ごす「夜」は、まったく本当の夜ではなかったのだ。現代の人たちがすっかり忘れてしまった世界がちゃんとここにはあった。怖い・・・・はずなんだろう、理屈で言えば。でも、このころになると、もう頭がかなり痺れてしまっているので、怖さを感じることなくそのまま寝込んでしまったらしい。
独り飲む
朝、歩いて30分ほどのところに「大山滝」があるので、散歩に行ってみようと思う。しかし、「熊が出ます。一人での行動は慎んで。」という看板を見て、恐れをなして引き返す。なにしろ数キロ四方にいる人間はまだ自分だけなのだから。
さて、キャンプの愉しみと言えばほとんどの人がバーベキューを挙げるだろう。でも、僕は面倒だからやったことない。特に一人でツーリングの時は、テントの中で酒を飲みつつ読書をするのが一番いい。酔っぱらったらそのまま横になって寝てしまえばいい。だから、料理はしないことに決めている。現地のスーパーマーケットで出来るだけ珍しいお総菜と地酒を買ってきて、それでおしまい。だから、持ってくる本は少しこだわっているのだけれど・・・実は今回持ってきたのは「ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか」（笑）。たまたま読んでいる途中の本を鞄に入れてきてしまったのだった。
ところがテントの中で読み進めると、これが面白いのなんの。ここ数年でかなり体重と体脂肪率が増加して困っていたのだけれど、これは糖質制限をやってみようかという気にさせられる。読んでいる限りきちんとした証拠に基づいて説明がなされている。ただ糖質を徹底的にゼロに近づけようと思ったらものすごく大変。さっき食べた焼き鳥のたれにだって糖質は入っているし、その他調味料にも入っている。なにより糖質ゼロの食べ物はほとんどない。だから、ざっくりご飯やパン、麺類を食べない、ということで、危険はないんじゃないか。
倉吉のスーパーで仕入れた夕食
で、昨日の晩御飯から肉と野菜中心にしたつもり。（でも、後から何を食べたかよく見ると、このメニューでは日本酒がだめだし、肉も甘辛く味付けしてある。さっき書いた通り焼き鳥のたれもまずいね。）
さて、すがすがしい朝を独り占めして充分味わった後、撤収開始。一人分だからものの20分もかからない。不思議と全然おなかが空かないので、朝食は食べずに出発する。
すがすがしい朝のキャンプ場
で、温泉である。
あと一つだけ、まだ入ったことのない温泉があって、ここには行きたい。本当はもう一つあるのだけれど、ここは入れる時間帯がかなり制限されていて、今日は無理そうなのだ。
その前に、せっかく近くまで来たんだから、超有名な放射能泉「三朝温泉」にも敬意を表して、共同湯「株湯」に浸かる。熱くてなかなかゆっくりはできないけれど、湯船の中からこんこんと無色透明の温泉が湧き出していい雰囲気だ。
上がろうと体を拭いていると、若い子が扉を半開きにしたまま入ってきたのだけれど、地元のお兄さんにこっぴどく叱られている。株湯は地元で守るのだ、という強い意志を感じた。こうやってずっと今まで残ってきたのが各地に残る共同湯なのだろう。
面白かったのは、すぐ近所にある「三朝神社」。樹齢何百年というムクノキに囲まれた静かな神社なのだけれど、手水がかけ流し（笑）の温泉なのだ。ちゃんと温泉分析所も貼ってある。株湯の飲泉では「こちらは、ヒ素が入っているからたくさん飲まないように。そしてこちらは、「フッ素が入っているから小さい子供は飲まないように。」近くても泉質が少しずつ違うみたいだ。
これが掛け流し温泉の手水
株湯で、は熱いので少しだけ浸かっただけだったが、汗がなかなか引かない。やはり三朝の湯はパワーがあるのだろう。
で、いよいよ最後に向かったのが鳥取駅から南西に10キロほど離れた場所にある、「吉岡温泉」だ。ここも共同浴場。昭和の香りがぷんぷん漂う鉄筋コンクリート造りの建物。
いい感じでしょう
割と広い湯船の底からかなりの量の湯が湧き出しているらしい。ヘリからはどんどんあふれ出している。単純泉。とても柔らかい肌触り。じっくり浸かりたいのだけれど、体がそれを受け付けない。やっぱりぬるいのがいいなあ。ゆっくりできないのはもったいない気がする。
ほとんど人が歩いていない小さな温泉街を少し歩いて、車に乗りこみ、満ちたりた気持ちで京都に向けて走り出す。温泉、キャンプ。充電完了だ。
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